千里眼画家。

「千里眼画家って呼ばれてるらしい。会ってきな。話はしてある」

 彼は突然そう言って、名前と住所が書かれたカードを投げつけてきた。
 女性の名前だ。場所は少し遠いが、日帰りできないほどではない。

「千里眼? 遠くが視えるっていうあれ?」

 本物ならね、と言って、彼はカードに書かれた名前の女性について話す。

 彼女は、実際の風景を見て絵を描くのではなく、頭の中のイメージを視て、絵を描く。
 しかし、それは彼女のただの空想ではなく、実存する風景であるらしい。
千里眼画家と呼ばれる彼女は、一度も行ったことのない場所の風景すら描写するという。

「すごい。家にいながら世界旅行ができるってことだよね」
「そこまで便利でもないらしい。視ようと思った場所が視えるわけではなくて、あるとき突然どこかの風景が視えるって話だよ」

 そして、そのイメージはある場所ある時点での風景に一致する。
 写実ではなく、彼女の個性も表現されており、作品としての一定の評価もあるらしい。

「それにおそらく彼女の場合、千里眼ではなく、記憶力が良い、というか、記憶の使い方が人と違うだけじゃないかな」
「記憶? 過去に見た風景を描いてるだけってこと? でも行ったことの無い場所も描くんでしょ?」
「行ったことの無い場所でも、テレビや本、Web、いくらでも情報は得られる」
「だったらコピーになりそうなものだけど」
「何種類かのイメージを見れば、立体的に合成、修正できて、さらに別の視点を導入できるんだろうさ」

 ある時突然視える、というのは嘘ではないだろう、と彼は言う。
 記憶している、といっても、彼女が意識的に記憶しているのではなく、
 視界に映ったものを脳が勝手に記憶しているのだと。
 
 人間は、見えたもの全てを認識するわけにはいかず、必要なものだけを選択して認識する。
 捨てられた情報は、アクセス不能な場所に貯蔵される、つまり、忘れてしまう。

 そうして、人は生きている中で、意識せず膨大な量の風景イメージを入手していく。
 街頭の広告、書店に並ぶ表紙、すれ違う人が持っていたパンフレット……。

「既視感っていうのはさ、そうやって貯蔵されていた情報に、なんらかのミスでアクセスできちゃったときに起こるわけ。もちろん、えてして、観察主体が入れ替わる錯誤が存在するけど」

 既視感は、普通、現実の風景と、無意識に貯蔵されたイメージが高密度で符号する時に発生する。
 しかし彼女の場合は、それが全く違うタイミングで発生する。

「別々に収集された映像が、無意識下で結合、加工され、情報処理され……。そして、描写しうる新しいイメージができたとき、彼女の脳裡には、不意にそのイメージが投影される」

 この投影が意識的にできるようになると、過去視という透視能力に近づくんだけど、まあ、それは別の話か、と言って、一息つく。
  
「千里眼にもいろんなタイプがあるけど、あれは物理的に隔絶された地点の現在の映像を視る」
「彼女のはそうではない?」
「さあ。分からない。でも千里眼なんてのはさ、異能もいいところだから。画家なんて、幸せな、人並みの生活を送るのは難しいだろうな、って思っただけ」


-related tweet

既視感を、未来視という能力で起こす人もいる。
http://twitter.com/hiinabi/status/8757903123

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